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序論 中国におけて、詩は文学の精粋であると言われている。限られた字句の中に、作者の無限の思いが述べられる。中国と一衣帯水の日本には、文学の粋は和歌と俳句であると考えられる。詩と和歌は韻文学に属する。7世紀に入ると、聖徳太子は、遣隋使を派遣すると言う。それを皮切りに、仏教文化だけでなく、文学、思想、文化等が日本に導入されて、広まった。7世紀半ばに、遣唐使を派遣した。遣唐使は初唐、盛唐の文化、文学等を日本に伝えた。その時代には、中国において、詩は文学の代表として存在していたと言う。天智天皇のおかげで、漢詩文は貴族文化として盛んになった。更に、中国における詩の研究の影響を、和歌について論じた歌論書『歌経標識』[注 772成立。作者は、藤原浜成。漢文で書かれた日本の最古の歌論書。]を作られた。これから見ると、和歌は、漢詩文の影響を受けられた。 したがって、中国の詩と日本の和歌·俳句は、自分の感情や思いを表す時、書き方から見ると、いろいろ似ているところがある。その中に最も目立ったのは、自然ものを借りて、そのものの特性や性質などを通じて、自分の感情を表していることである。 現在、日本の和歌の研究と翻訳をする人は、中国、及び欧米にたくさんいる。中国の詩を研究する人は、日本にもいるはずである。ところが、日本の和歌の中で、具体的なものを借りて、自分の感情を表すことと、中国の詩の中で、同じなものを借りて、その表したい感情は、同じであろうか。あるいは,違いであろうか、このような研究はあまり見えない。 |